この楽曲の真骨頂は、表層の「雨に濡れる街の情景」と、深層の「男女の密やかな身体的交歓」が精巧に重なり合っている点にある。桑田佳祐が得意とするダブルミーニングの仕掛けは、冒頭の「横浜」や「濡れる」というキーワードからすでに始まっている。
「濡れる」という表現は、表向きは雨模様のシチュエーションを想起させつつも、実際には夜の静寂の中で繰り広げられる官能的な高まりを暗示している。歌詞に登場する「港」「ホテル」「肌」といった断片的なワードが繋ぎ合わされるとき、聴き手は濡れたアスファルトの匂いと共に、密室で交わされる甘く切ない体温を感じ取るのだ。
あからさまなエロティシズムに走るのではなく、あくまでエレガントな歌謡曲の体裁を保ちながら、裏側で過激なまでの官能美を滑り込ませる。これこそが、桑田佳祐が歌詞に施した最大のトリックであり、聴く者の想像力を果てしなく掻き立てる理由である。