東日本大震災の直後、日本中のメディアには「絆」「頑張ろう日本」というストレートなスローガンが溢れていました。被災者を励ます意図でありながら、あまりに過酷な現実に直面していた現場からは「これ以上どう頑張ればいいのか」という心理的疲弊の声も上がっていたのが当時の実情です。そうした社会状況において、桑田佳祐が書いた『明日へのマーチ』の歌詞は、驚くほど静かで抑制の効いたものでした。
特筆すべきは、全編を通じて「頑張れ」「立ち上がれ」といった命令形や強い叱咤激励の言葉が一切使われていない点です。描かれるのは、「遠くで汽笛が鳴る」「実る稲穂」「故郷の祭り」といった、かつて誰もが見慣れていた日本の原風景と穏やかな日常です。奪われてしまった当たり前の暮らしの尊さを慈しむ視線が、どこまでも素朴な言葉遣いで連ねられています。
当時、NTTドコモのテレビCMソングとしてオンエアされた際のキャッチコピーは「walk with you」でした。桑田本人も出演したこのCMと楽曲は奇跡的なシンクロを見せます。前を走って手を引くのではなく、後ろから強引に背中を押すのでもなく、「ただ隣に並んで同じ速度で歩く」というスタンスです。辛い過去を消し去るのではなく、悲しみを抱えたまま靴紐を結び直すようなリアリズムこそが、多くの被災者や被災地を案じる人々の固く閉ざされた心をほぐしていきました。