幕末史における最大のハイライトである1867(慶応3)年の大政奉還。この平和的政権返上劇を語る上で欠かせないのが、脱藩浪士であった坂本龍馬と、土佐藩参政として絶大な権力を握っていた後藤象二郎の劇的な出会いと連携です。
もともと二人は、相容れない敵対関係にありました。後藤象二郎の義理の叔父である吉田東洋が土佐勤王党に暗殺された後、後藤は徹底的な弾圧を指揮し、武市半平太を切腹へと追い込んでいます。龍馬にとっても後藤は「同志の仇」であり、後藤にとっても龍馬は「危険な脱藩大逆人」でした。
しかし、長崎の地で対面した二人は、過去の私怨を即座に捨て去ります。龍馬の国際感覚と構想力に圧倒された後藤は、彼が提示した新国家構想「船中八策」に深く共鳴。後藤は土佐藩前藩主・山内容堂を説得し、土佐藩の公式提案として徳川慶喜に大政奉還を建白させました。理想を語る龍馬と、それを国家の最高意思決定機関へ持ち込む政治力を持った後藤。二人の奇跡的なタッグがなければ、無血による幕府の幕引きは実現しなかったといえます。