災害対策本部や避難所運営の現場記録、そして能登半島地震などの被災者手記を精査すると、過酷な極限状況において「温かい主食」が人間に及ぼす心理的影響の大きさが浮き彫りになる。
被災直後の避難生活において、初期に配給される物資の多くは冷え切った菓子パンや乾パン、缶詰類に偏りがちだ。発災から3日以上が経過した被災者の手記には、以下のような切実な告白が一貫して綴られている。
「乾いたパンを喉に流し込む作業が数日続くと、次第に食欲そのものが減退し、家族全員の会話が消えていった。発災4日目の夜、支援物資のコンロとポリ袋を使って炊かれた、湯気の立つ一口の温かいご飯を口にした瞬間、張り詰めていた緊張の糸が解けて涙が止まらなくなった」
災害精神医学の知見によれば、体温に近い温かい炭水化物を咀嚼して胃に送り込む行為は、極度の危機状態によって興奮した交感神経を鎮静化させ、副交感神経を優位に切り替えるトリガーとなる。消化管ホルモンの分泌が促されることでセロトニンの前駆物質が脳内へ供給され、パニックや急性ストレス障害(ASD)に傾いた精神状態を平常へと引き戻す強力な心理的レジリエンス(回復力)を発揮するのだ。
一方で、家庭内における備蓄の失敗実態も現場取材から浮かび上がる。「いざという時のためにカセットコンロもポリ袋も米も買い揃えていたが、被災して真っ暗になった部屋で初めて試したところ、火加減が分からず米を真っ黒に焦がしてしまった」「水加減を誤って芯が残った生煮えのご飯になり、子どもが一口も食べてくれなかった」という生の声は後を絶たない。道具を所有していることと、それを極限状況で迷わず運用できることの間には、埋めがたい巨大なギャップが存在する。