劇的なデビューを飾った後の20代を経て、30代に入った宮川一朗太を襲ったのは、役者としての仕事の激減という冷酷な現実だった。生活費のやりくりに窮し、競馬予想の仕事などで家族を支えようと模索する日々。しかし、経済的な困窮は次第に夫婦間の溝を深めていった。
長年語られなかった離婚理由の核心には、単なる金銭問題にとどまらない、将来への価値観のズレと「子供たちの環境をどう守るか」という切実な葛藤があった。話し合いを重ねた末、夫婦はそれぞれの道を歩むことを決断。その際、宮川が一切譲らなかったのが「娘たちの親権」であった。過酷な役者稼業を続けながら幼子二人を一人で育てるという選択は、周囲からは暴挙とも思える賭けだったが、彼は迷わずその茨の道を選び取った。