圧倒的な実績の裏で、瀬島龍三の生涯には常に不穏な影が付きまといました。その最たるものが、ソ連の内務人民委員部(NKVD)やKGBに協力していたのではないかという「ソ連スパイ説」です。
疑惑の根拠となった理由は主に以下の点に集約されます。
- シベリアでの特別待遇:過酷を極めたラーゲリ(収容所)において、将校クラスでありながら思想教育機関「民主運動」に関わり、異例の厚遇を受けていたとされる点。
- ラストヴォロフ事件と暗号名:元ソ連外交官の亡命証言やソ連崩壊後の機密文書流出により、コードネーム「ポノマレフ」として瀬島を指す記述が存在したという疑惑。
- 帰国後の対露ビジネス:冷戦下にもかかわらず、伊藤忠商事を通じてソ連・東欧圏との太いパイプを維持し続けた点。
ノンフィクション作家の保阪正康氏は、著書『瀬島龍三 参謀の昭和史』などで綿密な当事者取材を行い、瀬島の実像に鋭くメスを入れました。保阪氏は、瀬島を単なる売国スパイとして断罪するのではなく、「いかなる体制や権力構造にも冷徹に適応し、組織を操る超エリートの変節」として分析。大本営時代の作戦失敗や戦争指導の責任について、生涯にわたり口を閉ざし続けた瀬島の姿勢を「歴史に対する沈黙の責任逃れ」と厳しく批判しています。