フィギュアスケート選手として世界一を争っていた浅田真央さんを突如襲ったのが、最愛の母との死別でした。浅田匡子さんの死因は肝硬変(それに伴う肝不全)であり、亡くなられたのは2011年12月9日、享年48歳でした。
匡子さんは亡くなる数年前から体調を崩し、入退院を繰り返しながら闘病生活を送っていました。しかし、自らの病状の重さを娘たちには決して見せず、真央さんや姉の舞さんがスケートに専念できるよう、常に気丈に振る舞っていたと伝えられています。
病状が深刻化する中、家族間での生体肝移植も真剣に検討されました。舞さんと真央さんは「自分たちの肝臓を使ってほしい」と迷わずドナーに名乗り出ましたが、血液型や移植条件、匡子さん本人が「娘たちの体にメスを入れさせたくない、選手生命に影響を与えたくない」と頑なに拒んだことなどから、移植手術の実現には至りませんでした。どこまでも子どもたちの将来を第一に考え抜いた、母としての深い覚悟がそこにありました。