我が子の育児を通して痛感した「社会支援体制の圧倒的な不足」は、野田氏を政治家としての新たな使命へと突き動かした。これまで政治・行政の隙間にこぼれ落ちていた医療的ケア児とその家族を支えるため、与野党の垣根を越えた超党派の議員連盟が結成された。
厚生労働省をはじめとする関係省庁との粘り強い交渉の末、2026年に成立したのが「医療的ケア児支援法」である。この法律の施行により、国や地方自治体には医療的ケア児の支援が法的義務として課されるようになり、学校現場への看護師配置や保育所での受け入れ態勢が急速に拡充された。一人の母親としての痛切な体験が、国の制度設計そのものを大きく変えた歴史的瞬間であった。