皇居と福山城の「伏見櫓」移築の真相!解体修理の新事実と見学ガイド

皇居と福山城の「伏見櫓」移築の真相!解体修理の新事実と見学ガイド

皇居と福山城の「伏見櫓」移築の真相!解体修理の新事実と見学ガイドの概要と注目ポイントをわかりやすく整理しました。

Q1:皇居の伏見櫓は、建物の中に入って内部を見学できますか?
A1:皇居(江戸城)の伏見櫓は現在、内部の一般公開は行われていません。ただし、宮内庁が主催する「皇居一般参観(事前申込または当日受付)」に参加すれば、櫓の真下にあたる正門鉄橋まで進み、間近から外観をじっくり鑑賞することが可能です。

Q2:なぜ「伏見櫓」という同じ名前の櫓が複数の城にあるのですか?
A2:江戸時代初期、廃城となった京都・伏見城の資材や建物を解体して各地の城へ移築した際、元あった場所(伏見城)にちなんで名付けられたためです。江戸城や福山城のほか、かつては尼崎城などにも伏見城由来の伏見櫓が存在していました。

Q3:福山城の伏見櫓が伏見城からの移築である確たる証拠は何ですか?
A3:昭和28〜29年の解体修理の際、2階の梁から「松の丸東やくら」と記された当時の墨書が発見されたことです。これにより、口伝や古文書の記録だけでなく、物理的な物証によって伏見城松の丸の東櫓であったことが証明されました。

小林 直樹
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小林 直樹

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