J-POPの王道ラブソングであれば、終盤に向けて主人公が一世一代の告白を決意したり、あるいは玉砕して涙を流しながら前を向くといった「感情の落着」が用意されるのが通例です。しかし、『高嶺の花子さん』の結末には、そうした劇的なドラマは一切訪れません。
ラストサビを抜けた後も、主人公の立場は冒頭と何一つ変わっていません。彼女に声をかけることもなく、連絡先を知るわけでもなく、ただ「もしも」の妄想を延々と巡らせたまま、日常の景色の中へとフェードアウトしていきます。この「何一つ状況が進展しない結末」こそが、本作が名曲たる最大の理由です。
現実世界の片思いの大半は、華々しい告白や劇的な失恋すら経験できず、誰にも知られないまま自然消滅していくものです。主人公が抱える「踏み出すのが怖い」「今の距離感を壊したくない」「どうせ自分なんて相手にされない」という保身と恐怖。清水依与吏は、綺麗事に塗り固められたラブストーリーではなく、名もなき市井の人々が抱えるリアルな諦念を、一切の誤魔化しなく描き切ったのです。