柴田英嗣の経歴を改めて辿ると、その才能はデビュー当時から際立っていた。1994年に山崎弘也とコンビを結成。2000年代には『爆笑オンエアバトル』(NHK)や『エンタの神様』(日本テレビ系)などで頭角を現し、2004年には『M-1グランプリ』で決勝進出。その独特な世界観と、山崎のハイテンションなボケに対する柴田の冷静かつ的確なツッコミで、一躍人気者となった。
しかし2009年、突如として活動休止を発表する。当時、一部の週刊誌が「女性問題」を報じたため、世間ではそれが原因だと広く信じられていた。これが長らくネット上で囁かれてきた「アンタッチャブル柴田 真相」の核心部分である。だが、この噂は大きな誤解であった。柴田は後に、自身の著書や復帰後のインタビューにおいて、当時の心境を赤裸々に語っている。報道各社の取材に対する本人の証言によれば、活動休止の真の理由は「女性問題」ではなく、当時の仕事の忙しさとプレッシャーの中で「自分が芸人として何を面白いと思っているのか、わからなくなった」という深刻なアイデンティティ・クライシスだったという。公の場で見せた表情の翳りや、復帰特番での「申し訳なかった」という言葉の重みは、その苦悩の深さを物語っていた。