事件の構造を解き明かす上で不可欠なのが、当時の政治体制である。日本側の支援を受けて設立された冀東防共自治政府の最高指導者・殷汝耕は、現地での権威維持と対日協力の間で綱渡りの政権運営を余儀なくされていた。治安維持を担っていたのは、中国人兵士によって組織された通州保安隊である。
しかし、日本軍と中国第29軍との戦闘が激化するにつれ、通州保安隊内部の動揺は抑えきれなくなった。日本軍による誤爆事件や中国側の宣伝工作が引き金となり、保安隊は一斉に反旗を翻す。親日政権の足元で発生したこの裏切りは、軍事的な誤算にとどまらず、日本側の対中観念に決定的な不信感を植え付けることとなった。