大商大から実業団の名門・住友金属工業(現・日本製鉄)へ進んだ岡山は、国内トップリーグでも圧倒的な存在感を発揮します。その噂は太平洋を越え、本場アメリカのスカウト陣の耳にも届くこととなりました。
そして1981年、世界を驚かせるニュースが飛び込みます。NBAドラフトにおいて、ゴールデンステート・ウォリアーズが8巡目全体161位で岡山恭崇を指名したのです。当時、アジア人選手がNBAドラフトで指名されること自体が極めて異例であり、日本バスケットボール界にとっても前代未聞の歴史的快挙でした。
ウォリアーズが岡山に目をつけた最大の理由は、単なる話題作りではなく「228cmの体躯を持ちながら走れる機動性と柔らかいシュートタッチ」を高く評価したためです。当時のNBAでも220cmを超える選手は極めて稀少であり、未完の大器としてロスターに加える価値があると判断された結果の指名でした。