両親の離婚という環境の変化がありながらも、彼らの家庭には独特の風通しの良さがあった。母である手塚理美は、息子たちに対して父・真田広之の悪口を決して口にしなかったという。それどころか、海を渡って過酷なハリウッドに挑み続ける父の姿を、尊敬すべき一人の表現者として伝え続けた。
離婚後も定期的に家族で食卓を囲む機会が設けられ、互いの近況を語り合う関係が維持されてきた。長男が音楽の道へ進むと決めた際も、両親は無用な口出しをせず、その情熱を静かに後押しした。ロサンゼルスと東京。離れた空の下にあっても、互いを一人の独立したアーティストとして認め合う健全な距離感。それが奨の精神的な骨格を強固にした。