外傷もなく10年近く健康に過ごしていた少女が、なぜ突然発症したのか。その背景には、原爆放射線が人体に及ぼす特有の生物学的メカニズムが存在します。放射線影響研究所(放影研、旧ABCC)が長年にわたり追跡した被爆者寿命調査のデータによると、被爆による白血病のリスクには明確な潜伏期間のパターンが確認されています。
細胞分裂が盛んな乳幼児期に大量の初期放射線や残留放射線を浴びると、骨髄中の造血幹細胞の遺伝子が傷つけられます。損傷したDNAが修復ミスを起こしたまま長期間潜伏し、何らかの免疫低下や成長ホルモンの変化などを引き金に異常増殖を始めるのが「放射線誘発白血病」の恐ろしさです。禎子さんが発症した1954年末から1955年は、統計上まさに被爆者の白血病発症率が高止まりしていた時期にあたり、原爆投下の傷跡が決して過去のものではないことを残酷に証明していました。