「しっかり味を染み込ませようとして、弱火でコトコト10分以上煮てしまった」という失敗談は、毎年暮れになるとSNSや料理相談サイトで無数に投稿されます。実はこれこそが、海老煮物が固くなる理由の最たるものです。
魚介類の筋肉組織は、畜肉と比べて結合組織(コラーゲン)が少なく、大部分が筋原線維タンパク質(主にミオシンとアクチン)で構成されています。ミオシンは約50〜60℃で凝固を始め、アクチンは約66〜70℃で急速に収縮します。海老を100℃近い煮汁の中で長時間沸騰させ続けると、筋繊維が極限まで縮み上がり、細胞内に保持されていた水分とうま味成分が煮汁へ一気に絞り出されてしまいます。これが、パサつきやゴムのような食感を引き起こす正体です。
老舗割烹の板前が口を揃えるのは、「海老は煮るのではなく、煮汁の中で潜らせて火を通す」という感覚です。煮汁がしっかりと沸騰した段階で海老を投入し、身の太さに応じて2〜3分程度泳がせるように加熱したら、即座に火を止める必要があります。芯の部分にわずかに透明感が残る程度の絶妙な火入れで止め、鍋ごと、あるいは煮汁ごと余熱で芯まで熱を行き渡らせることこそが、海老の煮付け失敗しないコツの核心です。