物語中盤の樺太編において、鯉登のキャラクターアークは単なるコメディリリーフから本作の「道徳的支柱」へと劇的な変貌を遂げます。
ウイルク(のっぺら坊)暗殺の真相や、鶴見の過去を知るロシア人要員との接触を通じて、鯉登は自身を縛り付けていた誘拐事件の不自然さに気付き始めます。「あの時、鶴見中尉が口にした劇場型の言葉はすべて計算だったのではないか」という疑念は、尾形百之助からの心理的揺さぶりによって確信へと変わりました。
ここで特筆すべきは、鯉登音之進と月島軍曹(月島基)の心理的力学です。月島は過去にいご草ちゃんを巡る悲劇で鶴見に人生を握られ、「鶴見の嘘の共犯者」として泥沼に沈んでいました。鶴見の欺瞞に気付きながらも後戻りできない月島に対し、真実を知った鯉登は次のような決断を下します。
「私は鶴見中尉の甘い嘘から降りる。だが、お前を見捨てて一人で逃げることもしない」
鯉登は鶴見への個人的な狂信を捨て去ると同時に、憎悪に走るのではなく「第七師団の兵たちを救い、誰一人無駄死にさせないための正当な指揮官」として自立することを選びました。この瞬間、鯉登は鶴見の「駒」から、月島を現世に引き留める「真の主君」へと精神的昇華を果たしたのです。