中日退団後のディンゴが見せたパフォーマンスは、彼の実力が決して衰えていたわけではないことを証明しました。迎えた2000年9月のシドニー五輪本番、オーストラリア代表の主将・4番捕手として出場したディンゴはチームを牽引し、国際舞台でトップクラスの存在感を示します。
さらに圧巻だったのは、2004年のアテネ五輪でした。長嶋茂雄監督(病気療養のため中畑清ヘッドコーチが代行)が率いたオールプロ構成の日本代表は、金メダル獲得を至上命題としていました。しかし、準決勝で立ちはだかったのがディンゴ率いるオーストラリア代表でした。
ディンゴは捕手として投手陣を完璧にリードし、松坂大輔、和田毅らを擁する強力な日本打線をわずか3安打完封に封じ込めます。試合は1-0でオーストラリアが勝利し、日本代表の金メダルの夢を打ち砕いて銀メダルを獲得しました。中日ではわずか18試合で去った男が、4年の歳月を経て日本野球界に強烈なしっぺ返しを食らわせた瞬間でした。