タレントとしてのキャラクターが親しまれるあまり見過ごされがちですが、アスリートとしての松岡修造氏が残した足跡は日本テニス界のパイオニアと呼ぶにふさわしい偉業です。
1992年、男子プロテニス協会(ATP)ツアーのカリブ・オープンにおいて、日本人男子として初のATPツアーシングルス優勝を達成しました。さらに1995年、テニスの聖地ウィンブルドン選手権男子シングルスにおいて、日本人男子としては福原惣三郎氏以来実に62年ぶりとなるベスト8進出を果たしました。後に錦織圭選手が登場するまで、半世紀以上にわたって破られなかった日本テニス界の金字塔です。
しかし、その華々しい戦歴の裏には、両足首の手術や半月板損傷、さらには致命的な感染症といった度重なる大怪我との闘いがありました。当時の試合映像や報道記録には、試合中に全身の痙攣に見舞われながらもコートに立ち続けた壮絶な姿が残されています。痛みに耐え、挫折を繰り返しながら世界のトッププロと渡り合った経験が、言葉に嘘のない重みを与えています。