実家は栃木県の老舗旅館。跡取り娘としての将来を約束されながらも、彼女は自らの力で道を切り開くべく上京した。短大在学中にスカウトされ、1986年に選ばれたのが「旭化成水着キャンペーンモデル」だ。これは当時の新人モデルにとって、スターダムへの登竜門だった。
当時の水着モデルといえば、どこか男性目線のセクシーさを求められるのが常だった。しかし、山口智子は違った。小麦色に焼けた肌と、引き締まった体躯。何よりも、カメラをまっすぐに見据える屈託のない笑顔は、同性からの圧倒的な支持を集める予兆に満ちていた。健康美という言葉だけでは括れない、自立した女性のエネルギーがそこにはあった。