この対立が決定的となった背景には、ネット史に残る連鎖的な騒動が存在する。もともと「アフィブログ排斥」の機運は、2012年の「ステマ(ステルスマーケティング)騒動」を発端とするニュー速VIPやニュース速報(嫌儲)板が主導していた。同年、2ちゃんねる運営元は「痛いニュース」や「やらおん!」、「ハムスター速報」など大手まとめブログ5サイトに対して名指しで転載禁止令を通告。これが第一次規制の波となった。
当時、まだ規制の手が及んでいなかったなんJは、規制を嫌ったまとめブログにとって格好の「草刈り場」と化した。野球実況板特有のテンポの良さと「猛虎弁」と呼ばれる独特のスラング、そして秀逸なネタスレがまとめ記事として拡散され、なんJの知名度は爆発的に跳ね上がった。しかし、それに比例してまとめサイトによる「自作自演スレ立て」や「意図的なレス抽出」が激化。住民のフラストレーションは極限に達することになる。
決定打となったのは2014年3月の全板転載禁止措置だ。運営権を巡る内紛やジム・ワトキンス氏への管理権移行の渦中で、デフォルトの投稿名欄に「転載は禁止です」の文言が強制設定された。なんJ住民はこの措置を熱狂的に支持し、転載を試みるまとめブログに対してトラップを仕掛ける「アフィブログ撃退作戦」を次々と展開。スレッド内に管理人の名前や特定企業のネガティブ情報を巧妙に隠し文字で埋め込み、無断転載したブログを炎上させるなどの苛烈な抵抗運動が繰り広げられた。