小豆から赤飯を作るには、豆を下ゆでし、その煮汁でモチ米を蒸し上げるという膨大な手間と時間がかかる。戦後の復興期、忙しい家事の中で「もっと手軽に、子供たちが喜ぶ美味しい赤飯を作れないか」と考え抜いた人物がいた。それが、札幌市で料理学校(現在の光塩学園)を創設した南部明子(なんぶあきこ)氏である。
昭和30年代、南部氏が発案した方法は画期的だった。煮あがったモチ米に食紅で色をつけ、仕上げに市販の甘納豆を混ぜ込むだけ。小豆を煮る失敗もなく、甘い味付けは子供たちに大好評を博した。忙しい働く母親たちの間でこの時短アイデアは一気に口コミで広まり、半世紀以上の時を経て全道の家庭へ浸透していったのである。