幕之内一歩が引退を決意した最大の引き金は、フィリピン王者アントニオ・ゲバラ戦での敗北でした。真っ直ぐな線が引けなくなるなど、脳へのダメージが疑われるパンチドランカー疑惑が浮上し、母・寛子を悲しませたくないという思いや鴨川会長への恩返しを焦るあまり、自らグローブを置く選択を下したのです。
しかし、その後の精密検査において脳の器質的異常は認められず「完全なシロ(陰性)」であることが判明しています。当時の一歩は、新型デンプシーロールを打つことだけに固執し、ディフェンスを放棄した無理な打ち合いを続けたことで深刻な蓄積疲労に陥っていました。体が思うように動かない違和感の正体は、脳の損傷ではなく、過度な疲労と崩れたフォームの狂いだったという事実が物語の中で明かされています。
つまり、医学的な観点における復帰の障壁はすでにクリアされています。残されているのは、一歩自身の「戦いたい」という内なる闘争心と、周囲との約束をどう整理するかというメンタル面の課題に集約されています。