菅氏の家族観を紐解くには、彼自身のルーツである実父・和三郎氏の存在を欠かすことはできない。和三郎氏は秋田県雄勝町(現・湯沢市)の町議会議員を務めた人物であり、地元では名の知れた名士だった。しかし、菅氏は父の地盤を継ぐことなく、横浜へと飛び出し、一から自分の政治基盤を築き上げた。
親の七光りに頼らず、自らの力で運命を切り拓く。この和三郎氏から受け継いだ「叩き上げのDNA」こそが、菅氏が自らの子供たちに対して「政治家を継がせない」と決断させた根底にある。親が敷いたレールを走るのではなく、自らの足で立つことの厳しさと尊さを、菅氏は身をもって知っていたのだ。