インターネット上の掲示板やSNSでは、「ホルスの目はイルミナティやフリーメイソンの悪魔的シンボルである」「1ドル紙幣のピラミッドアイはホルスの目そのものである」といった言説が定着しています。しかし、歴史学および図像学の客観的検証を行うと、これらは近現代に意図的あるいは無知によって生み出された典型的な混同であることが明白です。
1ドル紙幣に描かれている三角形の中の目は「プロビデンスの目(万物を見通す目)」と呼ばれ、その起源は中世からルネサンス期のキリスト教美術にあります。正三角形は「父・子・聖霊」の三位一体を、目とその周囲の後光は「神が人類の営みを慈愛をもって常に見守っている摂理(プロビデンス)」を表す純粋なキリスト教的意匠です。アメリカ合衆国の国章をデザインした委員会(ベンジャミン・フランクリンやトーマス・ジェファーソンら)がこれを取り入れた際、エジプト神話との直接的な継承関係は記録されていません。
この二者が混同されるようになった直接の契機は、19世紀末から20世紀初頭にかけて勃興した「黄金の夜明け団」などの近代オカルティズムや、20世紀最大の魔術師と称されたアレイスター・クロウリーらの活動にあります。彼らが古代エジプトの魔術的図像とキリスト教神秘主義、フリーメイソンの儀式体系を折衷して再構築した結果、大衆文化において「ホルスの目=プロビデンスの目=秘密結社の監視の目」という陰謀論的図式が定着してしまったのです。
古代エジプトのホルスの目は他者を監視・支配するための目ではなく、「傷ついた自己を癒やし、完全な生命力を取り戻すための内省的・守護的な印」です。この歴史的断絶を正しく認識することは、シンボルを適切に扱う上での第一歩と言えます。