和歌山県の高野山奥の院。杉の大木が立ち並ぶ荘厳な参道を進むと、織田信長の供養塔が現れる。驚くべきは、そのすぐ近くに、彼を討った明智光秀の墓碑も存在することだ。生前は激しく殺し合った者たちが、高野山という巨大な聖地においては、等しく弘法大師の慈悲のもとに眠っている。
高野山の墓所は、遺骨が埋葬されているわけではない。いわゆる供養塔だ。しかし、戦国の荒波を生きた人々の魂を慰める場所として、これほど重みのある空間は他にないだろう。苔むした石塔は、ただ静かに歴史の無常を訴えかけてくる。
和歌山県の高野山奥の院。杉の大木が立ち並ぶ荘厳な参道を進むと、織田信長の供養塔が現れる。驚くべきは、そのすぐ近くに、彼を討った明智光秀の墓碑も存在することだ。生前は激しく殺し合った者たちが、高野山という巨大な聖地においては、等しく弘法大師の慈悲のもとに眠っている。
高野山の墓所は、遺骨が埋葬されているわけではない。いわゆる供養塔だ。しかし、戦国の荒波を生きた人々の魂を慰める場所として、これほど重みのある空間は他にないだろう。苔むした石塔は、ただ静かに歴史の無常を訴えかけてくる。