高収入だけがフリーランスを選ぶ動機ではありません。多くの外科医が医局を飛び出す背景には、日本の伝統的な医療体制が抱える根深い構造問題が存在します。
かつての大学医局は、関連病院への医師派遣を通じて地域の医療を支える絶対的な権力基盤でした。しかしその裏で、若手・中堅外科医は「無給医同然の待遇」「深夜に及ぶ緊急手術と翌日の通常勤務」「教授選挙や医局内の派閥政治への忖度」「数年ごとの強制的な転勤」という過酷な自己犠牲を強いられてきました。厚生労働省の各種調査でも、外科系医師の当直回数や時間外労働は全診療科の中で常にトップクラスの重労働であることが示されています。
さらに医師の働き方改革の施行により、勤務医の時間外労働に罰則付きの上限規制が課されたことが、皮肉にも「医局離れ」に拍車をかけました。時間外労働の制限によって大学病院での執刀機会が削られた若手外科医が、「技術を磨く時間が奪われる」という焦りを募らせ、自ら症例数を求めて市中病院の非常勤枠やフリーランスの道を選択するケースが相次いでいます。組織の雑務や論文執筆から解放され、「純粋にメスを握る技術者として生きたい」という職人気質の外科医にとって、フリーランスは極めて合理的な選択肢となっているのです。