港区白金の閑静な住宅街に佇むキャンパス内での中島健人は、テレビで見せる華やかな「ケンティー」の鎧を脱ぎ、ひとりの真摯な大学生として溶け込んでいました。
当時の同級生や学内での目撃証言によると、大講義室では後ろの席で目立たないようにするのではなく、教授の板書がよく見える前方の座席に座り、熱心にノートをとっていた姿が頻繁に確認されています。学食(カフェテリア)で友人とパスタや定食を食べながら談笑し、講義のレポート課題については一般の学生たちと協力して情報交換を行うなど、極めて健全でフラットな友人関係を築いていました。
また、彼の代名詞とも言える圧倒的な英語力の土台も、この学生時代にさらに強固なものとなりました。もともとフィリピン系ハーフである母親の影響で、幼少期から家庭内でレディファーストの精神や日常的な英語表現に親しんでいた中島健人ですが、大学では社会学部の国際的なカリキュラムや留学生との交流を積極的に活用。洋画のセリフを丸暗記するシャドーイングや英字新聞の精読など、移動のロケバスや楽屋でも自学自習を継続していました。その不断の努力が、近年の米アカデミー賞授賞式における現地セレブへの生中継インタビューや、海外合作大型ドラマでの全編英語の熱演へと結実しています。