1977年に本塁打世界記録を達成した王貞治氏への授与から始まった国民栄誉賞は、時代ごとにスポーツ、文化、芸能の象徴的人物を選出してきた。日本プロ野球の発展に寄与した王氏の受賞は、当時の社会現象として広く国民に受け入れられた。しかし、時代の推移とともに受賞者のジャンルや基準のばらつきが目立つようになる。
フィギュアスケート界で前人未到の偉業を達成し、最年少で受賞した羽生結弦氏のケースでは、その圧倒的な実績と人気の高さから大絶賛を浴びた一方で、「同等の成果を上げた他の競技者がなぜ見送られたのか」という疑問も同時に浮上した。受賞者個人の功績には誰もが敬意を表しつつも、過去の授与例との均衡や選考のタイミングに対する世論の温度差は埋まっていない。