では、明治が長年親しまれてきた看板駄菓子の幕引きを決断した真の理由は何だったのでしょうか。取材対応や当時の業界動向を振り返ると、事故や危険性とはまったく異なる極めて合理的かつ構造的な経営判断が存在していました。
明治が示した生産終了の主たる理由は、「製造設備の老朽化」と「継続的な需要の減少」です。わたパチは2016年8月末をもってひっそりと生産を終了しました。発売から約28年が経過しており、特殊な構造を持つ製造ラインの維持が限界に達していたのです。
わたパチの製造には、繊細な湿度管理が求められる「綿菓子成形技術」と、超高圧で炭酸ガスを閉じ込めた「キャンディチップの均一混入技術」という、相反する性質を持つ2つの工程を同時にこなす特殊専用ラインが必要でした。湿気に極めて弱いキャンディと綿菓子を同一パッケージ内で品質保持し続けるには高度な密閉包装技術も不可欠であり、老朽化した機械の更新には数億円規模の設備投資が必要と見込まれていました。
しかし、当時の駄菓子市場は少子化の進行と原材料費の高騰という強烈な逆風に晒されていました。低価格帯(単価数十円〜100円前後)にとどまる駄菓子ビジネスにおいて、巨額の設備投資を回収することは極めて困難です。明治は同時期、東日本での販売を終了した「カール」や、全国販売を終了し地域限定へ移行した「サイコロキャラメル」など、不採算商品の整理と基幹ブランドへの選択と集中を断行していました。わたパチの終売も、まさにこの経営改革の一環として下された決断だったのです。