本作が日本のアニメーション産業に与えた影響は計り知れない。当時、演出を担当した高畑勲、画面構成・レイアウトを一手に担った宮崎駿、そしてキャラクターデザインと作画監督を務めた小田部羊一という、後に日本映画史を塗り替える天才たちが集結していた。
特筆すべきは、1970年代初頭としては前例のなかった海外現地ロケハンの敢行である。制作陣はスイスのマイエンフェルトやフランクフルトの街並みを訪ね、光の射し方、人々の生活様式、家畜の骨格に至るまで膨大なスケッチと取材を重ねた。宮崎駿が毎週毎週、1話あたり数百枚ものレイアウトを描き起こし、高畑勲が徹底して妥協を許さないリアリズムを要求した現場は、文字通り極限の労働環境であったと語り継がれている。この過酷な試行錯誤から、カメラワークの概念や生活感のある作画表現という、現代アニメの基礎文法が誕生した。