1972年、当時22歳の矢沢さんは、3歳年下のすみ子さんと出会い、一目惚れしたそうです。
その頃は「ヤマト」というロックバンドで人気を博し、4日に1度女性を変えるほどモテていた矢沢さん。
そんな男性に見初められるなんて、すみ子さんはとても素敵な方だったんでしょうね。
出会いはディスコ
横浜にあった「グルッペ」というディスコがお二人の出会いの場です。
ロックバンド「ヤマト」が毎日のように「グルッペ」で演奏していたところに、すみ子さんがお客としてやってきます。
矢沢さんはすみ子さんに一目惚れし、すぐに声をかけて交際に至ったそうです。
矢沢さんの著書「成りあがり」には
ディスコに来たマブイ女 それが女房だった
結婚前提でつきあってくれ 出会ったその夜に言った 同棲が始まった
と、すみ子さんとの出会いの衝撃を書き残しておられます。
知り合って2ヶ月で同棲
ディスコで知り合ってから2ヶ月後には、すみ子さんが実家を出て、2人でアパートを借りて同棲を始めたそうです。
そして知り合ったその年(1972年)の内に、すみ子さんは勤めていた銀行を退職し、結婚されました。
売れない時期に支えた
結婚当初、メジャーデビューもしておらず、駆け出しのミュージシャンだった矢沢さん。
金銭的にも苦しい時期で、結婚式を挙げることもできず、結婚指輪を買うこともできなかったため、矢沢さんのお母さんがすみ子さんに結婚指輪を贈ったそうです。
しかしその指輪も、「リブ・ヤング」という当時人気の若者向け番組に出演する衣装を買うために、一時的に質屋に入れたこともあったそうです。
そんな苦しい境遇でも、矢沢さんの夢をともに支えていたのが、すみ子さんでした。
その後、3人の子どもを授かり、小さなアパートで家族が寄り添い合って生活していたそうです。