実は、「桃太郎が鬼を退治しない」、あるいは鬼の正当性を問う試みは、完全な現代の思いつきではない。大正時代、文豪・芥川龍之介が著した短編小説『桃太郎』を思い出してほしい。芥川の描いた鬼ヶ島は、平和で穏やかな生活を営む無垢な鬼たちの楽園であり、そこへ理由もなく突如押し寄せて平和を脅かしたのが桃太郎だった。
芥川龍之介が提示した強烈な皮肉と「勝者の正義」への疑問符は、一世紀の時を経て再びスポットライトを浴びている。伝統的な日本昔話として定着したストーリーラインの裏側に潜む「描かれなかった声」を掘り起こす作業は、古典の再解釈という文学的アプローチとも深く合致しているのだ。