医療メディアの取材班が脳卒中サバイバーやその家族の手記、回復期リハビリテーション病院での聞き取り調査を進めると、教科書通りの知識では太刀打ちできない「患者心理の落とし穴」が浮き彫りになります。闘病記や公の場での証言で最も多く語られるのは、「まさか自分が」「痛くないから大丈夫だと思った」という心理的トラウマです。
大手企業の管理職を務めていた50代男性の患者手記には、次のような生々しい記録が残されています。
「朝起きたとき、右手に力が入らず歯ブラシを洗面台に落としました。しかし頭痛もめまいもなく、少し寝違えた程度だと思い込みました。妻から『病院に行こう』と言われたものの、重要な会議があったため出社を選んでしまった。昼過ぎには言葉が一切出なくなり、救急搬送されたときには血栓溶解療法の制限時間を大幅に過ぎていました。自著や手記でどれほど『早く行け』と読んでも、いざ自分の身に起きると、人間は異常を都合よく矮小化してしまうのです」
SNSや知恵袋などのコミュニティ上でも、「親がろれつの回らない状態で電話をかけてきたのに、酔っ払っているだけと勘違いして翌朝発見した」「前兆の手のしびれを整形外科の頚椎症だと思い込み、数日間通院していた」という後悔の声が後を絶ちません。脳梗塞は「激しい痛みが襲う病気」ではなく、「身体の機能が静かに奪われていく病気」です。この落差こそが、日本における受療行動の遅れを生み出す最大の盲点となっています。