事故を引き起こしたJCOは、2000年に加工事業の許可取り消し処分を受けました。これは日本の原子力関連企業に対する処分として史上初の重罰でした。
現場となったJCO東海事業所の跡地は現在も存在していますが、臨界事故が起きた転換試験棟は役目を終えて機器の解体・撤去が行われました。敷地内には事故処理によって生じた放射性廃棄物を安全に封じ込めた保管施設があり、現在も会社側によって厳格な監視と線量測定が24時間体制で継続されています。
この事故を契機に、日本の原子力防災体制は根本的な見直しを余儀なくされました。緊急時の国の責任体制を明確化した「原子力災害対策特別措置法(原災法)」が制定され、全国の原子力施設周辺にオフサイトセンターが整備されるなど、法制度と安全対策の再構築が進められました。
効率やスピードを優先し、基本原則である安全確認を軽視した結果として起きた東海村臨界事故。作業手順の形骸化や安全意識の麻痺が招いた悲劇の教訓は、産業事故全般におけるリスクマネジメントの原点として、決して風化させてはならないものです。