麦畑が一夜にして隆起し、やがて赤茶けた溶岩ドームへと姿を変えた昭和新山。第二次世界大戦の混乱期、物資も観測機器も不足する中で地元郵便局長・三松三郎氏が記録し続けた地殻変動のスケッチは、世界の地質学界を驚嘆させた。この奇跡の山は、自然の猛威と人間の執念が交差した象徴として今も姿を留める。
こうした貴重な地質遺産と人間の共生の歴史が評価され、周辺一帯は「洞爺湖有珠山ユネスコ世界ジオパーク」として認定された。単なる景勝地としての観光にとどまらず、火口群を巡るフットパスや遺構の保存を通じて、地球の生きている証を肌で学べる体験型観光の場として進化を続けている。
破壊された温泉街の建物や傾いた道路がそのまま残された災害遺構。一歩足を踏み入れれば、自然の圧倒的な破壊力と、そこから立ち上がってきた人々の強靱な意思がダイレクトに胸を打つ。