一方で、勝久氏らが去ったあとの旧大塚家具は厳しい業績不振に見舞われた。客数の伸び悩みとブランドイメージの迷走により、赤字決算が継続。事態の打開を目指して提携先を模索した結果、家電量販店大手の株式会社ヤマダホールディングスの傘下に入ることとなった。
ヤマダグループ主導のもとで店舗再編が進められたが、最終的に2026年、株式会社大塚家具はヤマダデンキに吸収合併され、上場企業としての歴史と法人格に幕を下ろした。看板こそ一部の大型店舗に残るものの、かつての独立した家具王国は事実上「解体」されたのである。
この結末は、創業家主導の経営改革の難しさを浮き彫りにすると同時に、父と共に独自路線を選んだ勝之氏の選択が、皮肉にもブランドのDNAを純粋な形で残す結果となったことを物語っている。