このニューヨーク報道がこれほどまでに長期化し、深刻な波紋を広げた最大の要因は、中森明菜の存在にありました。当時、中森明菜と近藤真彦は公然の恋人関係として知られており、ファンの間でも将来的な結婚が噂されていた時期だったからです。
ライバル関係としてメディアに比較され続けてきた松田聖子と中森明菜。その二面性に近藤真彦が介在したことで、芸能スキャンダルは一気にワイドショーの過熱報道へと発展しました。同年7月、中森明菜が近藤真彦の自宅マンションで突発的な休養・負傷騒動を起こすに至り、世間の関心と緊張感はピークに達します。
そして1989年12月31日、NHK紅白歌合戦の裏で行われたのが、語り継がれる「金屏風会見」です。通常は婚約発表などに用いられる金屏風の前に中森明菜と近藤真彦が並び、騒動の謝罪と活動再開、そして交際関係の清算が語られました。この一連のドラマティックな展開の起点として、ニューヨークでの密会報道が後々まで結びつけて語られることとなりました。