フッ化水素酸(HF)は、化学的には弱酸に分類されます。しかし、その危険性は硫酸や塩酸などの強酸をはるかに凌駕します。分子量が非常に小さく電荷を持たない非解離状態の分子が存在するため、角質層のバリアを容易に突破し、皮膚深部の皮下組織、筋肉、さらには骨組織にまで瞬時に浸透していく性質を持ちます。
組織内に浸透したフッ素イオン(F⁻)は、人体の生命活動に必須であるカルシウムイオン(Ca²⁺)やマグネシウムイオン(Mg²⁺)と強力に結合します。この化学反応によって不溶性のフッ化カルシウム(CaF₂)が形成され、細胞活動が根本から破壊されて極めて重篤なフッ化水素酸 皮膚障害(化学熱傷・組織壊死)が引き起こされます。
さらに恐ろしいのは、全身性の毒性です。血中のカルシウムが大量に奪われることで急激な低カルシウム血症 症状(手足のしびれ、筋肉の痙攣・テタニー、心電図のQT延長)が発症し、重篤な場合には心室細動などの致死的不整脈を誘発して心停止に至ります。曝露面積が手のひらサイズ(体表面積のわずか1〜2%程度)であっても、適切な初期処置を怠れば死に至るケースが報告されています。
この壊滅的な連鎖を食い止める唯一の手段が「グルコン酸カルシウム」による遊離フッ素イオンの捕捉です。皮膚表面から高濃度のカルシウムを補給してフッ素と優先的に反応させ、生体内のカルシウムが奪われる前に中和・無毒化する役割を果たします。