松井石根と南京事件の真相|なぜ親中派陸軍大将は処刑されたのか

松井石根と南京事件の真相|なぜ親中派陸軍大将は処刑されたのか

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松井石根は1878年(明治11年)、尾張藩士の家系に生まれました。陸軍士官学校・陸軍大学校をともに極めて優秀な成績で卒業したエリートでありながら、彼の視線は欧米列強ではなく、常に隣国である中国大陸に向けられていました。

青年将校時代から中国各地に駐在した松井は、当時の軍部内でも屈指の「支那通」として頭角を現します。とりわけ歴史的に重要なのが、中国革命の父である孫文との深い親交です。辛亥革命期、松井は私財を投じて孫文らの亡命生活や革命運動を陰ながら支援し、強固な信頼関係を築き上げました。

彼が根底に抱いていた思想は、欧米列強の植民地支配からアジア諸国が連帯して脱却を図る「大アジア主義」でした。1933年には自ら主導して「大亜細亜協会」を設立。日中両国が手を取り合ってこそ東洋の平和が保たれるという強固な信念を持っていた松井にとって、後の日中戦争の激化は最も避けたい悲劇そのものだったといえます。

中島 亮太
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中島 亮太

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