ネット上では時折「バブル期の乱開発による観光モニュメントではないか」という誤解が見受けられますが、これは完全な誤りです。牛久大仏が建立された背景には、明確な宗教的使命と歴史的経緯が存在します。
大仏が位置する広大な敷地は、浄土真宗東本願寺派の本廟である霊園「牛久浄苑」の境内です。事業主体は宗教法人であり、約10年の歳月をかけて1993年(平成5年)に完成しました。建立の主たる理由は以下の3点に集約されます。
第1に、宗祖・親鸞聖人の布教の足跡を顕彰することです。親鸞聖人は鎌倉時代、京都から流罪となった後に越後を経て常陸国(現在の茨城県)へ移り住み、約20年間にわたり関東の庶民に向けて熱心に念仏の教えを説きました。茨城の地は浄土真宗の教義が確立された極めて重要な聖地であり、その地に根本道場を構えることは宗派にとって歴史的悲願でした。
第2に、「すべての生けるものを無条件で救う」という阿弥陀如来の慈悲を目に見える形で具現化することです。浄土真宗では、阿弥陀仏の光明は四方八方あらゆる世界を照らし、どのような衆生も見捨てないと説かれます。見渡す限りの関東平野を見下ろし、分け隔てなく救済の手を差し伸べる姿を形にしたものが、この120mの阿弥陀立像なのです。
第3に、現代社会における開かれた霊園・供養の場を創出することでした。核家族化や少子化が進む現代において、宗旨宗派を問わず万人が安らげる大規模な公園墓地「牛久浄苑」のシンボルとして、永遠の平和と安穏を祈念して造立されました。