大谷徹さんの仕事の経歴について見ていきたいと思います。
三菱重工横浜で午前中のみ仕事
三菱重工横浜入社時は、野球との両立のため午前中のみ仕事でした。
配属先は、総務部で主な仕事はワープロ打ちやコピー取りだったようです。
野球メインだったため仕方がないですよね。
野球部退部後はSEとして勤務
引退後は、システム関連の部署に異動となりSEとして勤務しました。
野球メインの生活だったため、SEとしての知識も経験もありませんでした。
通常業務をこなしながら、コンピューターの勉強を1から始めたそうです。
それでもSEとしての仕事を立派にこなしていたのですから、流石ですよね。
岩手県への引っ越しを視野にいれて転職
大谷徹さんが28歳の時に、「トヨタ自動車東日本(株)」に転職しました。
理由は、岩手県に自社工場を持つ会社だったからです。
野球をする為に岩手県を離れた大谷徹さん。長男でもあります。
将来、岩手県に帰ることを視野に入れての転職だったのです。
同社では、自動車のボディメーカーで車体を造る過程のラインに携わりました。
昼夜2交代制でかなりハードだったようです。
そして、転職から数年後、晴れて岩手県への帰郷が決まりました。
大谷徹さんの念願が叶ったのです。