林田和之の名を世界的なものとしたのは、1998年にベルギーのディナンで開催された「第2回アドルフ・サックス国際コンクール」での第6位入賞だ。このコンクールは、サクソフォンの発明者アドルフ・サックスの生誕地で数年に一度開催される、同楽器における世界最高峰の闘技場である。
世界各国から集まった並み居る天才たちを相手に、確固たる音色と高度なテクニックを披露した林田の演奏は、国際審査員から絶賛された。同年には主宰する「フェロー・サクソフォン・カルテット」として青山財団バロックザール賞を受賞。アンサンブル奏者としての能力の高さも同時に証明してみせた。
さらに翌1999年、日本国内における管楽器コンクールの頂点である「第16回日本管打楽器コンクール」サクソフォン部門で見事に優勝(第1位)を果たした。連続する快挙によって、彼は名実ともに日本を代表するトップ・サクソフォニストとしての地位を盤石なものとしたのである。