1977年秋、当時わずか13歳だった横田めぐみさんが突如として姿を消した。暗闇の中で手探りの捜索を続けた母・横田早紀江氏の苦悩は、言葉では表現し尽くせない。警察の捜査が難航し、メディアの関心も薄い中で、家族はただ絶望と戦い続けていた。
後に結成される北朝鮮拉致被害者家族連絡会(家族会)の結成は、泣き寝入りを拒んだ家族たちの最後の決起だった。全国を奔走し、街頭で署名を集め、政治家たちの扉を叩き続けた。横田早紀江氏の静かだが力強い言葉は、冷ややかな態度をとることも多かった政界の空気を徐々に、しかし確実に変えていく原動力となった。