東住吉事件が突きつける教訓は、単なる一捜査員の過失ではなく、日本の刑事司法に根深く潜む「見立て優先の確証バイアス」と「密室取調べの構造的暴力」です。
心理学・社会学の知見に照らせば、人間は極限の孤立無援状態に置かれ、連日「認めなければ死刑になる」「早く認めれば楽になる」と脅迫・誘導され続けると、精神の防衛機制として事実と異なる虚偽の自白をしてしまう脆弱性を持っています。取り調べ官は「犯人に違いない」という自らの仮説を補強する情報だけを集め、無罪を示す客観的証拠(不自然な燃焼痕など)を無意識または意図的に排除しました。
法治国家において最も恐るべきリスクは、「自白こそが証拠の王」とする前近代的な捜査手法が温存されることです。青木恵子さんが現在も自らの身を削りながら訴え続ける言葉は、何者も明日突然、冤罪の当事者になり得るという厳然たるリスクを警告しています。