彼女が歩んできた道程は、決して好奇の目にさらされるべき軽快なものではなく、過酷な現実との戦いでした。高校生時代に「学民思潮」のスポークスパーソンとして頭角を現し、2014年の雨傘運動、2016年の政党「デモシスト」結成と、香港の高度な自治を守る活動に身を投じます。
しかし、2026年の香港国家安全維持法(国安法)施行に伴い事態は暗転。彼女は同年に逮捕され、禁錮10カ月の実刑判決を受けて収監されました。2026年の出所後も当局による厳しい監視とパスポートの没収が続き、重度の抑うつやPTSDに苦しめられる日々を余儀なくされます。
転機となったのは2026年、カナダ・トロントの大学院への留学が条件付きで認められたことでした。現地到着後、彼女は「もう香港には戻らない」と事実上の亡命を宣言。自由と安全を確保するための苦渋の決断を下しました。