華やかなブームの一方で、姉妹が歩んできた人生は決して平坦なものではありませんでした。愛知県愛知郡鳴海村(現在の名古屋市緑区鳴海町)の農家・矢野家に生まれた二人は、幼少期から農作業に明け暮れる日々を送りました。
姉の成田きんさんは成田家に嫁ぎ、農民として働きながら実に11人の子供を出産。日露戦争から太平洋戦争へと続く動乱の時代、食糧難や生活苦に耐えながら大家族を女手一つで守り抜きました。子だくさんの家庭環境ゆえに晩年まで賑やかな親族に囲まれて暮らしました。
一方、妹の蟹江ぎんさんは蟹江家に嫁ぎ、5人の娘(5姉妹)に恵まれました。農業と家事に追われ、決して裕福とは言えない暮らしの中でも、ぎんさんは芯の強い母として娘たちを厳しくも温かく育て上げました。明治から昭和の激動を泥臭く生き抜いた強靭な精神力こそが、100歳を超えて花開いたバイタリティの土台となっていたのです。