1930年代後半、ロンドン海軍軍縮条約の失効を見据えて設計された朝潮型駆逐艦は、艦隊決戦における切り札として大きな期待を背負っていた。大日本帝国海軍が求めたのは、吹雪型を凌駕する航続距離と強大な雷装。そのネームシップとして誕生したのが一番艦「朝潮」である。
開戦以降、南方作戦やバリ島沖海戦で武勲を立てた同艦だったが、運命の歯車は1943年3月、ビスマルク海海戦で急激に狂い始める。敵爆撃機による反跳爆撃の猛威に晒され、輸送船団は壊滅。制空権なき海で、僚艦が次々と炎上する地獄絵図が広がった。
被弾した僚艦「荒潮」の救援に駆けつけた朝潮の決断は、歴史戦記のなかでもひときわ悲壮な輝きを放つ。「われ、敵機と交戦中」――最後の電文を残し、無数の爆弾と機銃掃射を浴びながら波間に姿を消した。この壮絶な最期は、単なる兵器の喪失を超え、極限状態における人間の矜持として後世に語り継がれている。