1980年代、大手芸能事務所サンミュージックプロダクションから鮮烈なデビューを果たした松田聖子。彼女が開花させた昭和歌謡の黄金期は、日本のポップスシーンそのものを塗り替える爆発的なムーブメントとなった。一曲ごとに新しい女性像を提示し、ファッションや生き方までもが社会現象となったその背中で育ったのが、娘の神田沙也加だった。
親の光臨があまりにも大きすぎる芸能界において、神田沙也加が選んだのは親の七光りに頼らない泥臭いまでの実力主義の道だった。幼少期から音楽と演劇の基礎を徹底的に叩き込み、アンサンブルから地道にキャリアを積み上げていく。舞台の袖で出番を待つ彼女の姿には、親の名前ではなく自らの声だけで勝負するという強い執念と矜持が宿っていた。