長谷川豊の足跡を振り返ると、華々しい成功と急転直下のトラブルが隣り合わせのキャリアであったことが浮き彫りになります。
1975年8月生まれ、奈良県出身(京都府育ち)。立命館大学産業社会学部を卒業後、1999年にアナウンサーとしてフジテレビへ入社しました。同期には内田恭子などがおり、入社直後からその高いアナウンス力と度胸が評価されていました。
彼の名を全国区に押し上げたのが、小倉智昭が司会を務めた朝の情報番組『情報プレゼンター とくダネ!』です。歯切れのよいリポートと機転の利いたスタジオトークで番組の「顔」のひとりとなり、競馬中継の実況などスポーツ分野でも確固たる実績を築きました。
しかし、キャリアの歯車は2010年秋のニューヨーク支局赴任から狂い始めます。2012年6月、ニューヨーク支局滞在時の経費処理・業務規定違反を理由にアナウンス職を解任され、著作権業務部へ降格処分を受ける事態となりました。
この処分について本人は、自著やブログ上で「現地での業務進行に伴う慣例的な経費精算であり、社内政治の犠牲になった」という旨の反論を展開しましたが、局側との溝は埋まらず、2013年4月にフジテレビを依願退社しました。